1.川崎市水道局事件(東京高裁判決平15.3.25)
[事案の概要]
Xらの長男Aが川崎市の水道局工業用水課に勤務中、同課の課長、係長、主査のいじめ、嫌がらせなどにより精神的に追い詰められて自殺したとして、Xらが川崎市と課長ら3名に損害賠償を求めた。
[いじめの内容]
①Aが女性経験がないことについて猥雑な発言をした
②「なんであんなのがここに来たんだ」と発言した
③Aの容姿について「むくみ麻原」「ハルマゲドンが来た」と言った
④果物ナイフを振り回して「今日こそ切ってやる」などと脅した 等
[判旨の概要]
言動の中心は主査であるが、課長、係長も大声で笑って同調していたものであるから、これによりAが精神的、肉体的に苦痛を被ったことは推測しうるものである。課長ら3名の言動はAに対するいじめというべきであり、いじめを受けたことにより心因反応を起こし、自殺したものと推認され、その間には相当因果関係があると認めるのが相当である。
川崎市に対しては、Aの訴えを聞いた上司が適正な措置を講じていればAが職場復帰し、自殺に至らなかったと推認できるから、川崎市の安全配慮義務違反により、国家賠償法上の責任を負うというべきである。
[結果]
第一審は請求の一部認容、川崎市はXらに対してそれぞれ約1173万円
2.静岡労基署(日研化学)事件(東京地裁判決平19.10.15)
[事案の概要]
Xの夫Aが自殺したのは、Aが勤務していた日研化学株式会社における業務に起因する精神障害によるものであるとして、Aが静岡労基署長に対して労災保険法に基づき遺族補償給付の支払いを請求したところ、同署長がこれを支給しない旨の処分をしたので、その取消を求めた。
[いじめの内容]
上司係長BによるAに対する言動
①存在が目障りだ。いるだけで迷惑している。おまえのカミさんも気がしれん、お願いだから消えてくれ。
②車のガソリン代がもったいない。
③どこへ飛ばされようと俺はAは仕事はしない奴だと言いふらしたる。
④お前は会社を食い物にしている。給料泥棒。
⑤お前は対人恐怖症やろ。
⑥Aは誰かがやってくれるだろうと思っているから、何も堪えていないし、顔色ひとつ変わっていない。
⑦病院の廻り方がわからないのか。勘弁してよ。そんなことまで言わなきゃいけないの。
⑧肩にフケがベターと付いている。お前病気と違うか。
[判旨の概要]
係長Bが発した言葉自体の内容が過度に厳しいことである。Aのキャリアを否定し、Aの人格、存在自体を否定するものもある。このような言葉が、上位で強い立場にある者から発せられることによる部下の心理的負荷は、通常の「上司とのトラブル」から想定されるものよりもさらに過重なものである。よってAは係長Bの言動により、社会通念上、客観的にみて精神障害を発症させる程度に過重な心理的負荷を受けており、他に業務外の心理的負荷やAの個体側の脆弱性も認められないことからすれば、Aは業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして上記精神障害を発症し、自殺に及んだと認められる。
[結果]
労災保険法に基づく遺族補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
3.誠昇会北本共済病院事件(さいたま地裁判決平16.9.24)
[事案の概要]
Aが自殺したことについて、Aの両親Xが先輩准看護師Bと病院に対して、いじめによってAが自殺に追い込まれたとし、損害賠償を求めた。
[いじめの内容]
①勤務時間終了後も、Bらの遊びに無理やりつき合わされたり、Aの看護専門学校の試験前に朝まで飲み会につき合わされた。
②肩もみ、家の掃除、車の洗車など雑用を命じられた。
③Bの個人的な用事のため、車の送迎を命じられた。
④Aが交際している女性と勤務時間外に会おうとすると、Bから仕事だと偽り病院に呼び出しを受けたり、BがAの携帯電話を無断で使用し、女性にメールを送った。
⑤職員旅行でBがAに一気飲みを強制し、急性アルコール中毒になった。
⑥後日⑤のことについて「あの時死んじゃったらよかったんだよ、馬鹿」「うるせえよ、死ねよ」等発言した。
⑦Aは空になった血液検査を誤って出したところ、Bにしつこく叱責された。また、会議でBは「Aにやる気がない」「覚える気がない」などと非難した。
[判旨の概要]
上司BはAに対し、冷やかし、からかい、悪口、恥辱、屈辱を与え、また、たたくなどの暴力が行われたことは、いじめを行ったと認められるから、Aが被った損害を賠償する不法行為責任がある。また、BはAが自殺を図るかもしれないことを予見することは可能であったと認めるのが相当である。
病院は、BらのAに対するいじめは3年近くに及んでいたこと、本件職員旅行の出来事ゃ会議でのやり取りは雇い主である病院も認識することが可能であったにも関わらず、これを認識していじめを防止する措置を取らなかったのは、安全配慮義務違反の債務不履行があったと認めることができる。
[結果]
上司Bは遺族Xに対し慰謝料1000万円(病院は慰謝料のうち500万円限り連帯債務)
4.トマト銀行事件(岡山地裁判決H24.4.19)
[事案の概要]
銀行従業員であったAが、業務上のミスを注意した上司3名の言動がパワハラに該当するなどとして、これら上司及び銀行に対して慰謝料等の支払いを求めた。
[いじめの内容]
①「もうええ加減にせえ、ほんま。代弁の一つもまともにできひんのか。辞めてしまえ」
②「一生懸命しようとしても一緒じゃが、そら、注意しよらんのじゃもん。同じことを何回も何回も。」
③「足引っ張るばあすんじゃったら、おらん方がええ」
④「普通じゃねえわ。あほうじゃ、そら」
⑤「〇〇以下だ」と他の従業員と比較して言った。
⑥Aが療養から職場復帰した直後であり、後遺症などについて上司が全く配慮していなかった。
[判旨の概要]
上司のうち1名は、ミスをしたAに対して激しい口調で頻繁に叱責し、他の従業員より劣る発言をしており、上記行為はパワーハラスメントに該当する。一方、他の上司2名はAの居眠りを注意したことや、業務上の書類を業務時間内に終わらないとして持っていき、他の従業員に任せたことなどについては、Aの病状を踏まえても、仮にそれらがその際多少厳しい口調で言ったとしても、それだけでパワーハラスメントにあたらないとした。
[結果]
当該上司及び銀行に対して不法行為責任として慰謝料100万円
5.長崎・海上自衛隊員自殺事件(福岡高裁判決H20.8.25)
[事案の概要]
21歳の海上自衛隊が上官からの継続的な誹謗によりうつ病に罹患し、自殺したとして隊員の両親が国に対して慰謝料の支払いを求めた。
[いじめの内容]
①「お前は三曹だろ。三曹らしい仕事をしろよ。」
②「お前は覚えが悪いな」「バカかお前は。三曹失格だ。」
指導に際し、上記の言動を継続的に繰り返している。
[判旨の概要]
上官からの言動は半ば誹謗しており、この行為は被害者に心理的負荷を過度に蓄積させる行為で、指導目的であっても相当性を著しく欠いており、上官には少なくとも過失があるとして違法と判断した。
さらに、使用者である国は、被害者の心理的負荷が過度に蓄積しないように注意する義務がありながら、上官がこれを怠ったため、国の安全配慮義務違反を認めた。
[結果]
一審の判決を覆し、両親に対して慰謝料合計350万円